研究課題
- 統合制御とタイヤ力の最適配分
近年の自動車には,雪道などでの操縦安定性を確保して安全に寄与するためESC(Electronic Stability Control)を装備するものが増えてきています.市販車のESCはABS(Antilock Brake System),TCS(Traction Control System)の統合制御により,オーバーステア,アンダーステアを防止するものですが,将来,アクティブ操舵が本格的に普及するようになれば,統合制御の意味合いも操舵と制駆動の統合化にシフトしていくものと予想されます.例えば,アクティブ四輪操舵車両において,四輪の制駆動力が独立に制御される場合,操縦安定性を最大限に発揮させるにはどのような制駆動力を指令すればよいかについて調べています.そのときの最適化の指標としては,四輪のワークロードの最大値を目的関数とするMinimax最適化を提案してきました.それには,ワークロードの最大値が最小になるような配分を決定するオンライン最適化を実現する必要があります.直接ヨーモーメントの指令値が条件として与えられる場合は,代数的な解を導出できることが分かりました.
統合制御の概念からすると,操舵の寄与を含めて車体に作用する総ヨーモーメントが指令されるとした方が,タイヤ力配分の自由度が増えて,目的関数としての最大ワークロードが減少します.この問題について適当な仮定をおくと,上記の代数解の応用により,直接ヨーモーメントを変数とする凸計画問題に帰着されることが分かりました.いまのところ,ロバスト性に優れた黄金分割法の適用を想定していますが,高速の求解が実現することが分かっています.この他,四輪が独立にアクティブ操舵可能な四輪独立操舵車両を含めて,さらに,タイヤワークロードに代えてμ利用率をMinimax最適化するタイヤ力配分手法について調べ.車両走行シミュレーションなどで効果を確かめています.四輪独立操舵車両で制駆動力も独立に制御できる場合については,八変数の最適化となるため,高速な近似解法について調べました.ワークロードに代えてμ利用率を目的関数とする最適化は路面摩擦が不均等な路面に適しますが,同時に後述する路面摩擦係数の推定手法も必要となります.
- タイヤモデルと路面状況推定
――プロテクション機能への応用――
路面状況の急変によりドライバの運転が困難になり,事故に至る事例は少なくありません.熟練したドライバなら車両挙動の変化により路面状況を把握するとされていますが,統合制御が行われると車両制御器も摩擦係数を必要とするようになる一方,制御の介在によりドライバは路面状態の変化に気づきにくくなります.路面状態の推定手法は車両状態の観測によるものが典型的ですが,限界域付近で各接地面での平均的な摩擦状況を与えるのみで,通常の走行状況にあると限界を知ることはできません.一方,ブラシモデルによりタイヤ力の計測値からニューマチックトレールを推定する方法なら,各タイヤの接地面について路面摩擦係数の推定が実現することになり,タイヤ力の最適配分への応用も可能です.異方/等方性ブラシモデルによるグリップマージンの推定式,二次/四次/六次曲線を接地圧分布とする推定式などについて検討し,CarSimの非線形タイヤモデルによる検証などを行っています.
プロテクション機能はフライバイワイヤ航空機で実用化されている技術で,パイロットが空力的な限界を超えた操作を行おうとしても,フライトコンピュータがこれをキャンセルするように動作するものです.自動車についても,アクティブ操舵が本格的に実用化されると,車両が非線形領域に入っても,制御器の効果により入出力特性が変化しないため,ドライバが気づきにくい傾向が予想されますが,もちろんタイヤ力の飽和は制御で直接に防ぐことはできず,限界を超えると急に危険な状態へ陥ります.そこで,アクティブ操舵においてのプロテクション機能として,路面摩擦係数の限界を超えた急旋回を予防する制御方法を導き,上述の路面摩擦係数推定手法によるシミュレーションにおいて,ドライバモデル,スライディングモード制御されるアクティブ操舵車両の組み合わせにより,限界を超えた操舵指令をキャンセルして挙動が安定化されることを確認しました.
- タイヤのスリップによるエネルギー損失とタイヤ力配分
――EVの航続距離延長を目指して――
EV(Electiric Vehicle)やハイブリッド車両などへの関心が高まるなか,限られた電池容量で走行距離を伸ばす技術が求められています.そこで,タイヤのスリップによるエネルギー損失の影響に着目することにしました.加速時のスリップをタイヤモデルにより正確に評価し、消散するエネルギーとタイヤへのトルク配分の関係を調べています.当然ですが,前輪駆動,後輪駆動と比べるとトルクが適切に配分された四輪駆動ではスリップが最小限となり,モータの仕事が車体の運動エネルギーに効率よく変換されるため,回生制動により回収される比率の拡大が期待できます.
- 電動パワーステアリングの制御
――操舵フィーリング向上の技術――
環境特性や搭載性に優れる電動パワーステアリング(EPS)の操舵フィーリングを従来の油圧方式に代替できるレベルのものとするために制御技術が開発されてきています.@ オンセンタハンドリングでの自己復帰性を向上させるために路面反力を強化するための制御を行いますが,このとき操舵トルク信号と電流信号から路面反力を推定します.これにより,ハードウェアの追加なしにステアリングホイールの自己復帰性とトルク勾配が改良されます.A トルク制御により発生する振動は,アシストゲインを高くした場合の位相余裕不足が要因と判明したため,振動周波数成分のピニオン軸回転速度を推定しフィードバックする制御方式を導きました.ハードウエアの変更を行うことなく位相余裕を大きくでき,エンジン振動レベルまで振動を低減できることが確認できました.さらに,電源電圧変動による微小なEPSのトルク変動が運転者に知覚されることがあります.外乱オブザーバによる外乱相殺制御において,電圧変動をステップ外乱でモデル化すると,推定外乱の位相遅れが問題になります.そこで,位相進み補償を介在させて,目標の周波数帯域で感度曲線にノッチが生じる良好な特性とするため補償器の調整方法について調べました.
- 運動量交換による振動制御
――動吸振器(DVA)とジャイロスタビライザ――
振動制御デバイスの典型例ともいうべき動吸振器(DVA: Dynamic Vibration Absorber)は,附加質量の動きにより制振対象の運動量を吸収する作用を実現するもので,機械力学の教程内容としてもよく知られています.動吸振器は,付加振動系の振動特性調整により制振効果が大幅に変化するため,以前から振動数や減衰比の調整方法に関する議論が続けられてきました.機械力学で広く知られているDen Hartog, Brockらの公式は周波数応答曲線に発生する定点を利用した設計式です.これは,同調周波数を先に決めて,左右定点についての最適減衰を平均値をとる近似的な方法になっています.この手法が示されてから半世紀以上経過しても厳密解は知られていませんでした.しかし,数式処理により代数方程式の判別式を導出し,重根が生じる条件を表現してみると,類似の問題設定を含めて,最適解が代数的に得られる組み合わせが数多く存在することが分かりました.典型的な設計例を含めて多くの例で定点理論の精度が高いことも確認できました.
回転体を付加系とする振動制御には,ジャイロスタビライザ,CMGなどが使われます.制振対象の周期が長いケースでは,ジャイロの回転による制振効果増大の傾向が強くなり,揺動する物体の制振に適しています.受動形動吸振器に相当するジャイロスタビライザについても,動吸振器の設計手法の応用により種々の調整・設計公式を導出できます.